徳川家康最後陣

付近住所 岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原


 戦がたけなわとなると、家康は本営を桃配山から笹尾山の東南1キロのこの地点に進出させました。
 ここで、家康は陣頭指揮に当たるとともに、戦が終わると、部下の取ってきた首を実験しています。
 周囲の土塁や中央の高台は、天保12年(1841)に幕府の命により、この地の領主竹中家が築いたものです。